「アフガン」に出口はあるか~「オバマの戦争」 [濫読日記]
「アフガン」に出口はあるか
「オバマの戦争」ボブ・ウッドワード著
「オバマの戦争」は日経新聞社刊。2400円(税別)。初版第1刷は2011年6月17日。著者のボブ・ウッドワードは1943年生まれ。ワシントン・ポスト紙記者の時代にカール・バーンスタインとウォーターゲート事件をスクープ。調査報道のスタイルを確立させた。著書に「大統領の陰謀」(バーンスタインと共著)、「ブッシュの戦争」「攻撃計画」「ブッシュのホワイトハウス」など。 |
「タリバーン、中東に和平窓口」―。1月4日付朝日新聞の国際面に小さな記事があった。カタールに事務所を開設するという。この動きは米国主導とされ、一昨年の末ごろからタリバーンと接触を始めたらしい。もちろん、指示したのはオバマ大統領だろう。就任3年目を目前にしていた。
オバマは2008年の大統領選に臨む時点で「イラク戦争は間違い。アフガン戦争は正しい」と言っている。この言葉通り、2011年末に「イラク戦争終結宣言」を出した。しかし言葉とは裏腹に、だれもイラク戦争が本当に「終結した」などとは思っておらず、カルザイ政権によってイラクに安定が訪れたとも思っていない。
アフガンでは2001年の戦闘によってタリバーン政権が倒れたが、主力はパキスタン国境に事実上の亡命政権をつくり、その後はさらに深刻な混乱がアフガン国内を襲っている。
イラクもアフガンも、もとはといえば「ブッシュの戦争」だが、ブッシュは錯誤と軽挙妄動によって戦火を開いた。言動はほとんど西部劇の世界のそれで、分かりやすいといえば分かりやすい。しかしオバマの戦争観は単純でなく、分かりにくい。
「分かりにくさ」の最たるものがノーベル平和賞受賞時のオスロ演説(2009年12月)であろう。あらためて読んでみると、オバマ個人の倫理観と権力者としての戦争観が入り混じっていることが分かる。ガンジーとキングの道徳的な力を信じつつ、国家のトップとして「脅威の前で手をこまねくわけにはいかない」「世界に悪は存在する」「武力は人道的見地から正当化できる」という。この、あまりにもかけ離れた思想的立場。一人の人間が内在させることは、果たして可能なのだろうか。演説の中に、もしも通底する回路を見出し得るとすれば、それは次のような言葉からかもしれない。
「戦争を始めるという難しい決定を下すのと同じように、われわれはいかにして戦うのかについても明確な考えをもたねばならない」(訳は共同通信による)
ボブ・ウッドワードの「オバマの戦争」で書かれたのは、このことである。オバマは「いかにして=どのように」戦争をしたか。
「ベスト&ブライテスト」であったケネディ政権は、ベトナム戦争を泥沼化させた。その若さゆえに「ベトナム戦争が知的発育の核に存在しない最初の大統領」というオバマは、「ベトナム戦争に関する論争から生じる重荷を背負わずに成長した」―つまり、ベトナムコンプレックスにとらわれない―という。これらの引用は主として著作の末尾、ウッドワードによるオバマのインタビューの場面からだが、ウッドワードの言わんとすることはほとんどこの部分に詰まっている。
オバマ自身の言葉によれば、完全にポスト・ベトナム戦争の世代だから軍と民、ハトとタカといった政治的な枠組みからフリーな立場で判断することができるのだという。すると彼はいい意味でのプラグマティストであり、オバマのイメージを分かりにくくしているのは我々が勝手につくり上げたフィルターによるもの、ということになるのだろうか。
初めて前政権の国防長官を留任させた米大統領であり、アフガン増派のオプションとして提示された案のうち、完璧に真ん中(つまり3万人増派)をとる大統領でもあり、最終命令書の中で、あらかじめ撤退時期を明示する大統領でもある(撤退時期を知らせれば、敵側はそのときまで持ちこたえればいいことになる)。この権力者の相貌をどう読むか。
オバマの戦争観を比較的よくあらわしていると思われるのは次の言葉だ。
「戦争が終わったときに国が弱くならず、強くなっているような結果をもたらす戦略を、正しくやれるかどうかと考えている」
「明確な戦略がなかったら(略)はっきりとした意図もなく、ただ惰性でつづけることになる」
オバマの思考プロセスは、かつてのベトナム戦争のような泥沼化をいかに回避するかに大きなエネルギーを割いているように見える。はたして「ベトナム」から自由な発想に立つ現実主義者は「ベトナム」の再来ではなく、戦争の出口を正確に見つけ出すことができるか。その答えはこれから出される。すなわちタリバーンとの和平交渉が現実化するかどうか、である。
このほか、米軍司令官による秘密評価報告書の入手―公表に至る米政権とのやり取りは、かつてのペンタゴン・ペーパーズの報道―公表差し止めの経緯を彷彿とさせて(そのプロセスは同じではない)興味深い。
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