ポスト・アメリカを俯瞰する~濫読日記 [濫読日記]
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「文明の衝突と21世紀の日本」(サミュエル・ハンチントン著)
「文明の衝突と21世紀の日本」は集英社新書。660円(税別)。初版第1刷は2000年1月23日。著者サミュエル・ハンチントンは1927年ニューヨーク生まれ。ハーバード大政治学教授。戦略論ではアメリカを代表する論客。1977~78年、国家安全保障会議、安全保障政策担当コーディネーター。著書に「分断されるアメリカ」「文明の衝突」など。 |
アメリカは「特別の国」だろうか。かつて大英帝国は自らを「特別な国」だとは思わなかったか。ナポレオンのフランスはどうか。ローマ帝国は―。
「アメリカ帝国の衰亡」を著したポール・スタロビンはアメリカを「中流の国」とする。
アメリカが世界の覇権を唱えるようになったのは第2次大戦後である。この戦争で何があったか。イギリスをはじめとするヨーロッパは国土も精神も、荒廃の極に達した。一方でソ連が台頭する。戦争直後には核開発をはじめ、科学技術の驚異的な発展がある。というよりも、戦争が科学技術の発展をうながした。
ソ連が世界の覇権を握ってもおかしくない、という時代が到来した。考えてみれば、ヨーロッパを「解放」したのはノルマンディーに上陸した、アメリカを中心とする連合国だったのか。これは単なる結果ではなかったか。モスクワ攻防戦でナチスを打ち破ったソ連軍こそが、ヨーロッパ解放軍ではなかったか。だから戦後、ソ連に対抗して覇権を唱える国を作り上げる必要があったのではないか。そう考えれば、第2次大戦の「分水嶺」はノルマンディーではなくモスクワだったことになる。
これが、スタビロンのいう「覇権国家・アメリカ」の誕生の舞台裏である。そして彼は、こう書く。
――アメリカは、たしかにソ連に勝ったかもしれない。しかし、冷戦の終結とともに米ソ間の緊張が緩和され、「雪解けの時代」になると、アメリカがもはや「理想の象徴」でないことが明らかとなっていた。政治、経済、文化のいずれの分野をとっても、世界に手本を示すどころか、落ちこぼれとなっていたのである。
ソ連がいてこその「覇権国家」ではなかったか。対ソ戦略があるからこそ、同盟関係も成り立つ。アメリカを支持する国もある。だがソ連が終わりを告げ、覇権国家が世界で唯一となると、アメリカはただ、強大な軍事力を振り回すだけの、世界の他の国からすればなんとも扱いにくい「特別の国」である。
このことの弊害が顕著に出たのが、フセインを打倒したイラク戦争である。米ソ冷戦の時代にはなんとでも理屈が付けられた戦争が「大義なき」戦争になってしまった。それどころか、イスラム世界の結束をもたらす結果を生んだ。おそらく、歴史的に見れば1979年にアフガン侵攻したソ連軍が、「イスラム世界」を目覚めさせたにちがいない。このときできた「イスラム対非イスラム」の構図が「9.11」とイラク戦争を生みだしたのである。
ハンチントンの文明史観によれば、世界はかつてのようなイデオロギー2大陣営+第三世界という構図から「文明」を基礎とするブロックに分かれる。そして「文明」のもっとも大きな要素は宗教である。すなわち、現在の世界を分ける文明は西欧、ラテンアメリカ、アフリカ、イスラム、中国、ヒンドゥー、東方正教会、日本―となる。ハンチントンによれば、日本は中国文明ではなく、そこから派生した独自の文化ということになる。東アジアはこのうち六つの文明が成り立っており、それぞれの文明の主要国である中国、ロシア、日本、そしてアメリカがこの地域に影響力を発揮している。
この文化的なつながりが複数の国を結びグループを形成すると、ハンチントンは言っている。とすると、東アジアは今後、どの文化・文明が主導的な役割を果たすか。それは「中国」だという。なぜなら日本は孤立的で独自な文化であり、日本と韓国を除いた地域では、中国が文化的な影響力を発揮している。
さて、冷戦の終焉によって米ソ二極体制が崩れたいま、世界はどこへ向かうか。スタビロンは「多極世界」の到来を予測している。アメリカが「中流の国」だとすれば、当然の予測だ。イラク戦争のブッシュは身勝手な超大国を体現したが、多国間外交を推進するオバマは多極構造の世界を体現しているかのようにも見える。ハンチントンはこの問題では一極+多極世界とみている。一極化を望む超大国と多極化を望むその他の国とは利害を対立させ当面は均衡を保つが、最終的には超大国は孤立し、多極化の方向に向かうという。すでに国連分担金など、多くの問題でアメリカは他国と違う立場に立っている。
興味深いのは日本外交に関する分析である。ハンチントンは「バンドワゴニング」が日本の基軸的な戦略だとする。かつては日英同盟、つづくファシズム諸国との同盟、そしてアメリカとの同盟。日本はその時々の世界の強国と手を結んできたのである。すると、米中が世界の二大強国となることが確実な今、日本はどうするだろうか。
「21世紀の歴史」を書いたジャック・アタリは巨大都市の台頭を予言し、アメリカの政治学者フランシス・フクヤマは市場民主主義が世界を覆うことによって「アメリカ」が世界を支配し「歴史の終わり」が来るとした。しかし、そのどちらもまだわれわれの「確信」を得るに至っていない。そうした近未来を考える上でも「ポスト冷戦」を壮大なスケールで分析したこの書は参考になる。
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