文明はどこから来たか~濫読日記 [濫読日記]
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ジャック・アタリの「1492 西欧文明の世界支配」を待つまでもなく、今日の世界の姿の原型は15世紀末からのヨーロッパによる世界進出にある。しかし、ヨーロッパはなぜいとも簡単に新世界を手に入れることができたのだろう。なぜヨーロッパは近代の世界の中心になりえたのだろう。ジャレド・ダイアモンドはこうした問いを突き詰めていく。なぜ大陸によって文明の発達の度合いは違ったのか。この問いは、文明はどのようにして生まれたのか、という答えに行きつくまで終わらない。そして生まれた文明はどのようにして伝播したか。なぜ、文明が伝わるところと伝わらないところができたのか。
文明発祥の差異の典型的な例として著者はまずニューギニアの例をあげる。ほんの2世紀前まで、この地には鉄も衣服も集権的な政治組織もなかった。それはなぜか。
著者の思考はここで1万3000年前へと飛ぶ。人類が定住を始めたころ。村落ができ始める。いわば文明のスタートラインである。ニューギニアからポリネシアへ。著者のフィールドは縦横無尽だ。これらの地では、ある共通項がある。大型動物がいなかったか、あるいは絶滅したこと。栽培すべき食糧が乏しかったこと。
今度は16世紀の前半に飛ぶ。1532年11月16日。ペルーの高地カハマルカ。スペインの征服者ピサロはインカの皇帝アタワルパと出会う。そこで何が起きたか。ピサロの手勢は騎兵、歩兵合わせて200人足らず。インカの軍勢は8万人はいたとされる。しかし、インカの兵たちは馬など見たこともなかった。銃はおろか、鉄を使った鎧も持たなかった。日が暮れるまでに6000とも7000とも言われる死体が転がることになる。
なぜアタワルパはカハマルカでピサロと遭遇したのだろう。インカは当時、内戦状態にあった。勝利したアタワルパが、軍勢を連れてピサロと遭遇したのだとされている。内戦はなぜ起きたか。スペイン人が持ち込んだ天然痘が大流行し皇帝が次々と死んでしまったため、権力闘争が起きたのだとされている。インカ帝国を滅ぼしたのは銃と病原菌と鉄。この著作のタイトルの意味が、ここで分かってくる。つまり、文明が衝突したときの優位性の象徴がこの銃と病原菌と鉄なのだ。
世界史的にいえば、文明の発祥の地はメソポタミアである。ではなぜこの地で文明が生まれたか。肥沃な三日月地帯はまず植生で優れていた。1年中、作物を栽培することが可能であった。その結果、多くの動物が生息する。山羊、羊、豚、牛。気質の穏やかな、飼育可能な動物である。ここで人類は農作物と家畜を手に入れる。だがもう一つの厄介なものを手に入れる。動物が持っていた病原菌である。村落で食糧を生産し、家畜を飼うことができれば、狩猟社会にない階層を生み出すことができる。食糧の収集から解放された人たちである。すなわち、集権的な政治組織の萌芽ができる。病原菌はそのうち人間に耐性をつくる。しかし病原菌と出会わなかった地域の人間は、耐性を持たない。
これがジャレド・ダイアモンドの描く文明の発祥の図である。アメリカ大陸にもオーストラリア大陸にもこのような要素がなかった。飼育可能な大型動物がいなかったのである。アフリカ大陸はどうか。ここで著者は「シマウマはなぜ家畜にならないか」という命題のもとに一つの実例を挙げている。馬は家畜になったが、シマウマは家畜にならなかったのである。アフリカで文明が発祥しなかった理由の一つが語られる。
文明がなぜ均等に発展しなかったかという視点からすると、もう一つ語られなければならないことがある。文明の伝播のスピードである。ユーラシア大陸ではメソポタミアから東と西へ文明が伝わっている。南北アメリカでは、ぽつぽつと生まれた文明がほとんど広がりを見せていない。アフリカも同様の事情がある。ここでは東西に延びるユーラシアと、南北に延びるアメリカ、アフリカ大陸、という事情がからんでくる。アフリカにはもう一つ、大陸を南北に分ける広大な砂漠地帯がある。これも文明が伝播するための大きな障害になった。
あまり書いてしまうと読むのに興ざめするかもしれない。最後に一つだけ言えば、なぜメソポタミアはその後、ヨーロッパ文明にリードを許すことになったか、という問題である。著者はそれを一言で語っている。文明を維持するだけの環境ではなかった、というのである。肥沃な緑の地帯であったメソポタミアは森林再生率が低かったため伐採という破壊に追いつくことができなかったのである。そのためメソポタミアは今、荒地と化している。
エピローグで語られるメソポタミアの没落のシナリオ。実はこれが次作につながっている。「文明崩壊」である。その中の印象的な章。「イースターに黄昏が訪れるとき」は巨大なモアイ像はどうやって運ばれたか、そしてこの島に人が住まなくなった理由は何かが語られている。「銃・病原菌・鉄」と「文明崩壊」それぞれ上下2冊、計4冊を一気に読めば、地球と人類をめぐる想像力の偉大さに、ただ感服することになるだろう。
2010-06-18 18:39
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