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道ははるか。核なき世界 [社会時評]

道ははるか。核なき世界 

 「歴史的」といわれるオバマ米大統領のプラハ演説から1年。そのオバマ大統領の周辺で核をめぐる二つの動きがあった。一つは4月6日の米核戦略見直し(NPR)発表。もう一つは8日の米ロ新核軍縮条約(新START)調印。特に米ロの調印式は両国大統領がプラハに集うという演出。メディアは「核なき世界へ一歩」と期待感たっぷりだったが、果たして。

 米核戦略見直しでは、通常兵器で攻撃された場合でも、核兵器を持たない国(核拡散防止条約=NPT=順守国)には核兵器で報復攻撃をしないと言明、これまでの「あいまい基準」を修正した。しかしこれは、実社会での行動に照らして考えれば、ごく常識的なことを言ったにすぎない。たとえばこん棒で殴りかかってきた相手には銃は使用しませんよ、としているようなものなのだ。これまでは丸腰の相手にも銃口を向けて「撃つかもしれないよ」と言ってきたわけだ。

 しかも、米国の言い方は「NPTを守る限り報復をしない」。「いい子にしていればオレたちが守ってやる」と言わんばかりの、上から目線がありありだ。NPT自体が核兵器を持つ国と持たざる国とを区分し、核保有国は永久にその権利を認める、という性格のものだから、その枠内でふんぞり返る米国の傲慢さは腹立たしい。もともとNPT自体は時限的な条約として成立したが、これを無期限延長してしまったところに(現実的な困難さは分かるが)無理が生じている。結果的に核保有国の固定化につながっている。

 冷戦の時代ならまだしも、今の時代に核兵器をちらつかせて世界の警察官を気取る米国のやり方は、むしろ暴力団の発想に似ているような気がしてならない。日本だって、米軍の駐留経費をご丁寧にも肩代わりして「思いやり予算」などととぼけた名前を付けてしまっている。こんなのは早く変えたほうがいい(確か命名者は防衛庁長官だった金丸信と記憶する)。

 さて、続いて米ロ核軍縮条約。あまりに核兵器を作りすぎてしまった両国が青息吐息となり(特にロシアだが)、必要に迫られて削減に合意した、というしかないしろもの。ピーク時にはそれぞれ3万発から4万発を保有していたというからあきれる。まさしく人類の愚行、狂気というほかない。減らすと言ってもなお、それぞれ1550発を所有する。しかも新聞報道などをみると、あちこち穴だらけらしい。

 最大の欠陥は欧州配備の戦術核が手つかずであること。そして、米ロの交渉を横目に他の核兵器保有国、特に中国(少なくとも180発の戦略核を持つといわれる)は何の反応も示さず、相変わらずの核軍拡にいそしんでいるらしいこと。しかし考えてみると、ポスト冷戦の今、米ロが戦略核を発射し合って第3次世界大戦に突入するなどというシナリオはほぼ皆無だ。むしろ考えられるのはロシアと欧州の緩衝地帯となっている中央アジアの不安定な政情が紛争に向かうケースや、中台関係の緊迫化ではないか。つまり、もっとも核(それも戦略核より戦術核)が使われる可能性があるシナリオには手がつけられていないのだ。それに、戦略爆撃機に核弾頭1発搭載でも10発搭載でも「1機」は「1機」とは、どういう論理だろうか。こうしてみると「核なき世界」とは政治的ビジョン、悪く言えば演説の枕詞以上のものにはなっていないのではないか。

 米ロの核軍縮条約調印は、両国が背中の荷物を少し減らした、という以上の意味をもつとは思えないのである。もちろん一部のメディアが報じているような、米ロ軍縮条約がNPT再検討会議の追い風になる、などといったトーンは、勘違いとしか思えない。二つは全く別のものだろう。

 さて、米ロの周辺でもう一つ、気になる動き。キルギスの政変である。「キルギス」といっても、正確な位置を指し示すことができる人が、どれだけいるだろうか。しかし、キルギスの政変がニュースになる最大の理由は、この国の地政学的な位置である。地図を広げると分かるが、インド洋から見てちょうどアフガンの裏側に当たる。そしてそれは核兵器開発疑惑が濃厚なイランの裏側でもある。もともとロシアの裏庭のような位置にある国に、米国がこだわって基地を置く理由も、ここにある。かつてケネディ―フルシチョフの間で核戦争一歩手前まで進んだキューバに似た位置関係といえる。この国の隣には秋野豊国連監視団政務官が1998年、ゲリラによって殺害されたタジキスタンがあり、その西方のカスピ海を越えると、ロシアが2008年に侵攻したグルジアがある。カスピ海はいまや中東に次ぐ産油地帯であり、黒海に向けてパイプラインが走る。

 日本人にとってはもっとも関心の薄い地域だが、世界でもっともセンシティブな地域だと言ってもいい。テロリストによる核使用の、もっとも現実的なシナリオがありうるアフガンと核疑惑がもたれるイランとの関係でキルギスは報道されるべきなのだが、日本のメディアはほとんど触れていない。こうした情報をきちんと伝えられなければ(特に新聞は)、生き残るのが難しい。

 
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