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人間存在が持つ不可思議と魔力~濫読日記 [濫読日記]

  人間存在が持つ不可思議と魔力~濫読日記

「殺人者たちの午後」(トニー・パーカー著、沢木耕太郎訳)

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★★★★

飛鳥新社。1700円。初版第1刷は20091020日。

著者は1923年生まれ。優れた聞き書きの技術で「テープレコーダーの魔術師」とも称される。「ロシアの声」(92年、飛鳥新社)、「アメリカの小さな町」(93年、晶文社)がある。訳者は1947年生まれ。70年代からノンフィクションの旗手として脚光を浴びる。「敗れざる者たち」「深夜特急」など。  

 

 

 

 

 

 



 ある行為の末に、突然止まってしまった時間を生きねばならない。そのとき人間は何を思い、何を考えるのか。いや、それよりもまず、置かれた状況に耐えることができるのか。
 原題は「LIFE AFTER LIFE」。ここで「LIFE」は二通りに使われる。最初は文字通り人生あるいは命。2番目のそれは「終身刑」【注】を意味している。終身刑を言い渡されたあとの人生。殺人を犯した10人の「午後」が、英国作家の卓抜なインタビュー技術によって浮かび上がる。その底に低く流れる心の旋律のようなものを、沢木耕太郎が日本語に定着させていく。
 「-言葉ってものはおかしなもんだって思わないか? この前会ったときの俺の最後の言葉は『裁判官は俺に終身刑(ライフ)を与えた』というのだったろう? でも、俺に与えられたのは終身刑の<ライフ>で、命の<ライフ>じゃなかった」(とんでもないことが起きてしまった) 
 しかし、10人の「ライフ」は耐えがたいものというよりも、豊かでさえある。
 「小遣いをくれない」と祖父の首をハサミで刺した男。
 「若くて、きちんとした人生の目標を持っていれば、将来に問題はないんだって証明できると思うんです。ノー・プロブレム、問題なし、です」(ノー・プロブレム)
 8歳と3歳の子供を殺した男は、マラソンレースに出ることを夢見る。
 「もう俺の頭の中にコースは叩き込まれている。ずっと研究してきたからね。九十八周で十マイル、百四十七周で十五マイル、百九十六周で二十マイル、それからあと六十八周すればゴールってことになるんだ」(マラソン・マン)
  だが彼らの吸っている空気は、濃密ではなく希薄だ。人生のある地点がぽっかりと抜け落ちている。自らをこうした境遇に追い込んだ行為の瞬間は、記憶の闇のかなたにある。
 見ず知らずの男を裏通りで刺した男。
 「俺の過去にあるのは穴だけだ。真っ暗な穴だよ。(略)俺がいたところは、どこでもない」(過去のない男)
 妻との果てしないけんかの末に殺してしまった男は、犯行の瞬間の記憶がない。もしくは都合のいいように組み立て直している。
 「私は無罪になるものと思っていた。ところが、警察はあらゆることを誇張して、クロという心証を与えるように仕向けたんだ」(記憶の闇)
 饒舌に語られるのは、殺人という行為ではない。陽だまりにいるような、その後の人生である。沢木は原書を十数年前に手にしたという。翻訳を引き受けたものの、そのままになっていた。それを、このような形で完成させたものは何だろう。究極のオーラルヒストリーによって人間存在の不可思議が立ち上がる、この書の「魔力」のようなものに思える。

 【注】終身刑=死刑がない英国では最高刑となる。文字通り「終身」の刑だが、ある時期になると社会に出て刑をつとめ上げることが許される。 

    


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コメント 2

tomo

この地上に産み落とされたこと自体が終身刑のような気分になることもありますね。運命という牢獄。
 ちょっと暗いですね(笑)
by tomo (2009-12-10 15:10) 

tomo

沢木耕太郎が書いた唯一の小説に「血の味」というのがありますね。殺人を犯しながら「そんなナイフで人の命を奪えるとは、実際に自分が刺してしまうまでわからなかった」というくだりがありますが、これってカミュの「異邦人」とつながるものがあります。確か沢木耕太郎は卒論でカミュについて書いたはずです。殺人、それも不条理なものに彼は関心を抱いているようですね。この本もその延長線上にあるのでしょうか。
by tomo (2009-12-10 15:38) 

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