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書かれなかった精神構造に切り込む~濫読日記 [濫読日記]

 

書かれなかった精神構造に切り込む~濫読日記

「日本辺境論」(内田樹著)
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★★★★

新潮新書。740円。初版第1刷は20091120日。著者は神戸女学院大教授。専攻はフランス現代思想。
映画論や武道論も発表している。「街場のアメリカ論」など著書多数。ブログも好評

 

 

 

 

 

 

 



 余計なことかもしれないが、タイトルは「『日本(の)辺境』論」ではなく「『日本(は)辺境』論」である。これをみて網野善彦氏のある一文を思い出した。日本とは「日の本」であり「日出づる国」を表している。ということは「日本」という国名は日本人の自発的な意思で付けられたのではなく、日本の西側にある大国(つまり中国)を強く意識してつけられた名ではないか、という説である。網野氏はこう書いている。
 「これは決して国民の総意で決まったのではないということです。当時のヤマトの支配層が、中国大陸の隋・唐の律令を受け入れて本格的な国家を造り上げることに全力を注ぎ、その上で唐、中国大陸の帝国を強く意識して定めた国名であることは間違いありません」【注①】
 日本の東側、例えばハワイからこの国を見れば「日出づる国」ではなく「日沈む国」になるはずなのだ。常に他者(他国)を意識して、世界の中心にわが身を置かない。中心はいつもほかにある。これがこの書のテーマである。著者はこの国名にまつわる説も、当然のことながら取り上げている。そしてここから日本人の精神構造に切り込む。
 「他国との比較を通じてしか自国のめざす国家像を描けない。国家戦略を語れない。そのような種類の主題について考えようとすると自動的に思考停止に陥ってしまう。これが日本人のきわだった国民性格です」
 「まさにその通りだ」と思うが、いかがであろうか。丸山真男の「超国家主義の論理と心理」【注②】も取り上げ「究極的価値たる天皇への相対的な近接の意識」(既によく知られていると思うが、価値の正統性は社会的な機能よりも天皇との距離によって決まるという論である)を「これは決して遠い昔の物語ではありません。同じメカニズムは現代日本でも活発に機能しています」とする。これは、日本という国でサラリーマン社会に身を置いた経験を持つ人なら分かりすぎるほどよく分かる話なのだ。思考の一貫性や徹底性は、マイナスにこそなれプラスにはならない。著者の言葉でいえばこうなる。
 「『何が正しいのか』を論理的に判断することよりも、『正しい判断を下すはずの人』を探り当て、その『身近』にあることの方を優先するということです」
 極めて重要な決定でさえ、その場の「空気」にゆだねる。価値の基準は自らにあるのではなく他者にあるからだ。このような人間を著者は「辺境人」と呼ぶ。
 このことは日本という国のありようにも及ぶ。例えば憲法九条と自衛隊の両方が存在することの矛盾。これは、日本が米国の軍事的な属国であることを認めれば解決する問題なのだ。しかしあえてそれをしない。非核三原則と現実とのかい離。しかし「『アメリカにいいように騙されているバカな国』のふりをする」ことが、日本人にはできる。核兵器の被害者であることは訴えるが、核兵器のない世界や国家のビジョンを持たないために、米国の核の傘に頼ることの矛盾に耐えることができる。
 「世界標準に準拠してふるまうことはできるが、世界標準を新たに設定することはできない」という限界。しかし、これが「学び」という場では、極めて効率がいい。「よってきたる」ところに言及するより、とにかく吸収する。「根源的な遅れ」という辺境人の精神構造がそこにあるからだ。
 「ゲームに遅れて参加してきたので、どうしてこんなゲームをしなくちゃいけないのか、何のための、何を選別し、何を実現するためのゲームなのか、どうもいまひとつ意味がわからないのだけれども、とにかくやるしかない」。これを著者は近代化以降の基本的なマインドと規定する。
 このほか武道論、レヴィ=ストロース、日本語論、漫画論と著者のフィールドで縦横無尽の論が展開される。「養老孟司氏からの受け売り」と断った漫画論は、表意記号である絵と表音記号としての吹き出しの並列処理が可能な日本人の能力を日本語の構造に求めるなど「目からうろこ」の面白さである。日本語論では外来語である漢字を「真名」と呼び、土着の言語である表音文字を「仮名」と呼ぶところに辺境人の精神構造を見る。
 ほめすぎたかもしれないが、弱点を挙げるとすれば、とりあえず著者が得意分野に沿って論を展開した、という若干の軽さにあるかもしれない。しかし、それはこれからの仕事へ向けた架橋的著作ととれば、さほどの減点になるわけではない。知的興奮を味わえる一冊。

 【注①】「歴史を考えるヒント」の中の「『日本』という国名」
 【
注②】「現代政治の思想と構造」 
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コメント 3

asa

本当は星五つでもよかったのですが、オリジナルの論がない(若干軽い)ので星四つです。でも最近ではかなり面白い本であることに間違いありません。
by asa (2009-11-27 11:20) 

BUN

なるほど、読んでみようと思える書評ですね。ほとんど血液型A型のことを書いているとしか思えない。
by BUN (2009-11-27 23:41) 

tomo

日本で「革命」が起きない理由がよく分かりました。
by tomo (2009-12-03 18:09) 

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